襄樊(ジョウハン、しゃんはん) から横浜へ帰国 2010/8/15 English
以下の写真表示時刻は日本時間です。現地時刻は その数字から1だけ差し引いてください。
以下の写真は全て1920x1080i60ビデオ映像からの切り抜きです。
2010/8/14夜現地時間23:59、10年来の友人の甥に連れられて襄樊で夜行列車に乗りました。
2010/8/16深夜日本時間01:00横浜へ帰宅、まるまる一日かがりの帰国行でした。
翌8/15の5時に武漢到着。近くの台湾料理店まで重い荷物を甥が引き、二人で朝食をとりました。
和諧号のプラットホームがどこか分からないので、タクシーで行きました。 目と鼻の先でしたが。
駅構内の待合室で和諧号D3008を3時間待ちました。 この待合室は上海虹橋駅ほど大きくは
ありませんが、それでも日本ではあり得ないほど巨大です。 乗る予定の和諧号プラットホームへの
改札口にある電光掲示板:
D3008が我々の乗る和諧号です。 "開点"は出発時刻でしょう。
同じ待合室には時刻表掲示板があり、時々刻々変化します。 部分拡大すると:
下に襄樊行き (たぶん、ディーゼル、電)動車も表示されています。
上の表示を列車時刻表印刷物で確かめると:
赤矢印が我々の搭乗する和諧号で 青矢印が襄樊行き。
プラットホームでこの2台の列車を確かめると:
右が我々の搭乗する和諧号で 左が襄樊行き和諧号。
上写真の赤電光掲示板で右側を拡大すると、上海虹橋行き和諧号の表示が:
前記印刷時刻表で分かりますが、武漢-上海間、約700kmで最速の和諧号は中間停車なしの
D3016で、4時間15分で走ります。 一方、我々のD3008はたくさん停車し、5時間35分。
途中の2駅で他駅始発の和諧号に追い抜かれるのを見ました。
私たちの列車は時速250km出しました:
二人の売り子が頻繁に販売台車を押してやってきます:
この台車での昼食は高価過ぎるので、友人の甥は別の車内販売店で弁当を2個午後に購入しました。
午前中に売り切れた後、どこかの停車駅で大量に搬入したようです。 そのときに購入しました。
女性車掌もよく動き回っていました:
右が三人掛け 左が二人掛けです。
予定より15分ほど遅れて13:50に 私たちの和諧号は上海虹橋駅へ到着しました。 さっそく地下の
タクシー乗り場へ移動しタクシーに乗り、70km先の浦東国際空港へ急ぎました:
私が搭乗する中国国際航空CA0157便は2号航駅楼から出発です。 もう少しタクシーを走らせ、急いで
チェックインし、搭乗口で友人の甥御さんと別れました。 彼は私が見えなくなるまで手を振ってくれました。
飛行機の出発予定時刻17:05まで2時間弱ありました。 しかし、1時間も遅れて18:08にやってきました:
表示時刻は日本時間に基づいています。 1だけ差し引くと中国時間になります。
搭乗したあとも長々と待ち続けました。 隣の2席が空いているので移動を希望すると、満席との返事が。
かなりの時間経過後、団体客が乗ってきて満席になりました。 出発時刻は2時間遅れの19:03でした。
大阪付近を飛行中の機内電光掲示板:
2010/8/15、日本は終戦記念式典を放映したことでしょう。 中国は甘粛省での水害被害を
追悼放映していました。 甥によれば、娯楽番組で白黒放映を行ったところもあったと。
日本時間で22:50頃に東京成田空港へ到着しました。 9年前に北京へ行ったときと同じ
自動車預かり業者が小さなバスで迎えに来てくれました。私以外にもう一人客がいました。
横浜の自宅へ帰還したのは翌日の01:00でした。 少々疲れはしましたが、楽しい旅でした。
友人とその家族の皆さま、ありがとうございました。 感謝の念でいっぱいです。
10年ぶりに友人とその家族に再会
(1) 2010/8/ 9: 東京成田空港から上海へ
(2) 2010/8/10: 上海で小吃街と万博を訪問
(3) 2010/8/11: 上海から武漢へ移動
(4) 2010/8/12: 武漢を見学
(5) 2010/8/13: 襄樊で友人とその家族に10年ぶりに再会 (1)
(6) 2010/8/14: 襄樊で友人とその家族に10年ぶりに再会 (2)
(7) 2010/8/15: 中国湖北省襄樊から日本横浜へ帰国